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白昼夢で踊る犬

本書に一切真実はない。全ては真っ赤な嘘である。

ピアノと読書へのゲリラ豪雨。

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ずいぶん前に友達から借りていたエリアス・カネッティ「眩暈」を読み始めました。

まだ序盤ですが面白いです。

知らなかったんですがノーベル文学賞受賞者なんですね。

合間にカフカの短編集も読んでいるのですがカフカは色々な想像が出来、小説でしか表現出来ないものを生み出しているので素晴らしい作家だと思いました。

もともと好きなんですけど再読すると新しい気持ちが湧いてきます。

バッハのカンタータをピアニストフランチェスコトリスターノがピアノ編で弾いてるのを聴いて、カンタータのCDが欲しくなり、Amazonでいくつかカゴに入れておいたらカネッティを貸してくれたお友達もカンタータYouTubeで聴いて欲しくなりバッハ全集160枚BOXを買ったときいて敵わない。。と思った次第です。

磯山雅「バッハ 魂のエヴァンゲリスト」という本が気になっていたので購入しました。

桜並木を散歩していたら圧巻なまでに咲き誇っていた桜は殆ど葉桜になっていた。

でも葉桜も逞しく青空に映えていた。

桜は儚くない。

圧倒されるのは短い間だからこそ愛おしいのだ。

それを瞼の裏に咲かせる。

ビッグ・ブラザーは過去のものになりつつある。

リトル・ピープルがそれに代わる。

リトル・ピープルはアイデンティティーの喪失、社会への絶望につけこみ、正義の服を着てやってきた。

何かを真っ直ぐ考え込んだ人こそ飲み込まれる。

馬鹿馬鹿しいと、私達は本当に切り捨てられるのだろうか?

ゲリラ豪雨が窓を叩きつけた。

彼女は外に飛び出しこの身体を叩きつける実感が欲しいと思った。

でもそれは本当のことだろうか?

身体に受ける刺激は一過性のもので単純なものではないのか。

豪雨を聞きながら目を閉じる。

ここに必要なものは何だろう。

彼女が本当に必要としてるものは何だろう。

硬く閉じた目をひらき、ピアノに向かう。

この豪雨の中、弾くべきものはバッハ以外にはない気がした。

ゴルドベルク。

休符を如何に大切なものとして扱うか、どの旋律も大切な意味がある中、どれを強調して弾くのか。

どこをとっても大切なメロディーが同じように多旋律で流れている。

隠れていた音を見つけると胸が締め付けられるほど美しいと思えた。

それに並行して相変わらず豪雨は止まない。

豪雨は彼女でそれを内包するのがゴルドベルクだった。

本当に彼女の抱えた絶望に寄り添ってくれるのはバッハだと思った。

或いはカフカ

彼女は自身を憎悪した彼女ごと許されている感情を持ちながら奏で続ける。

愛しすぎて敵わないあの人をふと想う。

どうしたってあの人の真っ直ぐな視線が欲しかった。

そしたら食い入るようにレーザービームをおくる。

優しくある余裕なんてないくらいに。

でも柔らかくはありたい、そういう矛盾。

重なり合っても重ならない部分こそ魅力なのだ。

そうだ、常に重なり合いたい関係なんてつまらないでしょう?

芸術だけと一体になりたい。

ゴルドベルクはそれを想起させてくれた。

やがて夏の陽光が緑に降り注ぎ始めるだろう。

目覚まし時計にけたたましく起こされオレンジジュースを飲み、ストレッチをしてピアノに向かう時期、彼女は何を弾く曲に選ぶのだろう。