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白昼夢で踊る犬

本書に一切真実はない。全ては真っ赤な嘘である。

現代文学作家。

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私は基本的に海外文学が好きだ。

この「基本的に」というのが難しいところでなにも前提として「海外文学が好き」という意志を持って本を選んでいるのではない。

亡くなってしまった作家で日本をあげれば安部公房泉鏡花川端康成辺りも好きだ。

とりあえず今回は現代作家に絞ってみようと思う。

生きている作家に。

生きている、となるとざっと浮かぶ中では村上春樹トマス・ピンチョンドン・デリーロブレット・イーストン・エリスティム・オブライエン、ウラジミール・ソローキン、ポール・オースター、あと1冊しか翻訳されてないのが非常に残念だが分厚い上下巻で圧倒されたジョナサン・リテルなどがいる。

これは今パッと思いついた限り。

この中に現代純文学作家で日本人は村上春樹しかいない。

大抵の書店に行くと日本人現代純文学作家のコーナーは広く展開されてるので色々試してみたのだが結果イマイチなのだ。

何故か。

まず1度読めば充分というか分かってしまう。

私が求めているのは一回読んだだけでは理解出来ない混沌とシュルレアリズムや醜いものを醜くく、汚く、しかし寄り添えるように書ける人物が出てくるものだ。

やり切れない思いを美談に仕上げないもの。

特に現代純文学日本作家には混沌とシュルレアリズムと訳のわからなさが足りないと痛感している。

これは一体何だったんだろうと心揺さぶられもう一回、またもう一回読まないと何が自分の心を激しく揺さぶったのかわからない、という魅力がどうもない。

それ以外を求めるのなら日本作家で手が伸びるのは分野としてはSF、ボーイミーツガール的なものを求めるなら設定として面白いライトノベルの方に手を伸ばしてしまう。

このラノベ分野なら圧倒的に日本作家が好きだ。

もともと漫画が好きだ、というのもある。

現代純文学日本作家を読んでやっぱりダメだったなあ、悪くはないと思うけど。。というのを読んだ後にその作家が売れているというのを聞くと「日本人はわかりやすい物語を求めてるのかな」と思う。

あと「こうなって欲しい!」というある種の美談。

私はさっきも述べたとおり村上春樹が好きだ。

彼の作品は全部読んでいる。

ただ勘違いしないで欲しいのは「彼が日本人だから好き」なのではないということだ。

日本含め世界文学の中から選んだ結果たまたま村上春樹が入ってきたのである。

ちょっと視点を変えてみる。

音楽を、絵画を、写真を、映画を摂取したいと思う時に日本の枠だけから選ぶのと世界の中から選ぶのではどちらが世界が広がるだろう?

どちらがより厳選されるだろう?

つまりはそういうことだ。

ただ海外文学は何と言っても翻訳者がいなければ私は太刀打ち出来ない。

という訳で私は翻訳者にとても感謝の念を抱いている。

古典ならまだしも海外現代文学なんかは文庫化どころか単行本でも出版されて間もなく廃刊になってしまうことも多い。

ということは翻訳家は割の合わない仕事なのかもしれない。

でもその本が好きで「是非読んで欲しい」と頑張っている翻訳家は多いと思う。

本当にありがたいと思う。

最近「日本翻訳大賞」が出来たのも応援したい。

ちなみに海外文学初心者の方は海外の中でもアメリカ文学がとっつきやすいと思う。

あるいは映画化されたものの原作を映画を観た後に読むのも入り込みやすいだろうと思う。

つらつら述べたが期待している日本現代純文学作家では円城塔(ただ私はハヤカワ文庫のSFしか読んでいないので道化師の蝶も読みたい)と舞城王太郎がいる。

ちなみに写真で持っている本はドン・デリーロ「ボディ・アーティスト」

彼は世界的には評価されているのに翻訳ものがかなり廃刊になっているのが悲しいところである。

熱心な村上春樹ファンでありミーハー心で毎年「村上春樹ノーベル文学賞とってくれたら彼のスピーチがきける!」と楽しみにしている私だが心の中ではドン・デリーロあたりがとってくれたら復刊するから彼がとって欲しいかも、と思っていたりもする。

どのみち村上春樹自身はノーベル文学賞に興味がないというか、あんなのとったら色々やんなきゃいけないからやだよ。。っていう人だし。

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