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白昼夢で踊る犬

本書に一切真実はない。全ては真っ赤な嘘である。

弾く、書く。

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ピアノを弾いていて「最高にハイってやつだああ!」ってことはままある。

集中することはそう難しくない。

私はピアノは1日4時間以上は基本的にしないからだ。

その代わりに4時間はきっちり集中する。

だが「何かが降臨する」というのは毎日体験できるものではない。

身体全体と心と音楽とプラスアルファ「何か」の歯車が全部上手くハマるとそれが起こる。

弾いていてまず気分が高揚する。

自分が奏でる音に自分を沈みこませる。

視点が変わってくる。

自分の頭の上あたりにカメラがあって自分がピアノを弾いているさまが見える。

意志は空中にある。

その空中の意志が音楽を聴いている。

そのグルーヴ感の中にいる。

弾き終わって「は!」と視点が元に戻りかなり息はあがっている。

しかし変な力は入っていなかったらしく腕は痛くない。

んーと、例えるならプールに入った後みたいな心地の良さだ。

そういう時自分がどんな演奏をしたのか自分では分からない。

が、レッスンの時や試験の時に起こることが多く先生は「とても良かった!」と言ってくれるのでいつもより良い演奏は出来たのだろう、と思う。

これが「最高にハイってやつだああ!」現象。

面白いね。

因みに小説を書く時、断片的イメージがちょっとカタチを帯びてきて、溢れそうになった時点でとりあえずバーっと書きだしてみて、原稿用紙5枚位書き出したら明らかに間違えていたり重複している言葉や接続詞の間違えだけ書き直し、それを眺めて続きを書く、という作業を行う。

細かい推敲は物語の終わりまで「とりあえず書いてから」という大雑把なものになる。

ただ小説を書いている時はピアノの時みたいに視点が動いたことはない。

自分のカメラは自分の中にある。

或いは文字の中にある。

文字は空気を震わせないからかもしれない。

震わせるのは自分の中だからかもしれない。

書く方は9月末が締め切りなので頑張っています。

えへ。

因みに愛犬の写真はいつも楽譜と共にあります。

この「伸び」をしてる写真は「まあ楽しく弾きな!」って言ってるみたいでお気に入り。

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