白昼夢で踊る犬

本書に一切真実はない。全ては真っ赤な嘘である。

百合と少女についての考察。

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私はBLも好きだが百合も大好きだ。

自分で描く絵は女の子を描いている時の方が圧倒的に楽しい。

というか女の子しか描けない。

小説だと男性も女性も書けるのでこれは単純にビジュアルとしてのことだと思う。

さて、BLのマンガよりは百合マンガの方が圧倒的に普及は少ないがここ数年では雑誌「百合姫」など一般にも認知されるようになってきたと思う。

アニメなんかも「まどマギ」1番最近で「ユリ熊嵐」だろう。

百合について語る時には「レズビアンにとって百合は受け入れがたい」ということが流布されていることも頭に留めてあるが、あまり難しくは考えたくないので単に百合が好きです、みたいな形でいってみたいと思う。

幼稚園の頃にお絵描きをする時「お姫様」を描くというのは女の子ならみな経験があると思う。

私は雑誌りぼんを買っていたので小学生の時はそれを模写してたし、中1でBLに目覚めても描いていたのは女の子だったし、エヴァにハマった時はアスカばっかり描いていた。(ちなみにアスカは14歳の女の子にはかなり共感を得られるんじゃないかと思っている)

小学生高学年から女の子の身体は女性に変化していく。

おっぱいは大きくなるし、おしりも丸みを帯びてくるし、何より中学生ではみんなだいたい生理が始まる。

この生理というやつが1番厄介で男の子は「痛いからイライラするんだろう」位の認識なのかもしれないけど実際はそうではなくホルモンバランスの変化により情緒不安定になったりするのだ。

それは生理をむかえたばかりの女の子には結構つらい。

それでなくとも思春期なのに。

私はとにかく自分の身体の変化がいやだった。

男の子と同等だったのに男の子は女の子のことを「性的対象」としてみてくるのが分かる。

それにBLが純愛だと思っていたので男女愛なんて子供を残すという本能で結ばれる面もあるんだから「そんな愛は本物じゃない!」とかも。

「性的対象」として見られてくるにつれ自分の身体が汚らわしく思ってた。

と矛盾するかもしれないが自分じゃない他の女の子を見るのは好きだった。

今もかっこいい男性を見てもというか、居ても見ないけど可愛い、綺麗な女性がいるとガン見してしまうし幸せな気持ちになる。

中学生の時流行っていたのはカーテンの影に隠れてお互いおっぱいを揉み合って「わー!何々ちゃんのおっぱい柔らかーい!」とか言うことだ。

必要以上にベタベタするのも女の子の方が多かったと思う。

私は精神的なベタベタは嫌だったから全然加わらなかったけど触ったり触られたりするのは大好きだった。

もしかしたらそれは他の女の子を介しての自分の身体の肯定だったのかもしれない。

手を繋ぐのも好きだった。

手を繋ぐというのは女の子の間では当たり前の行為だ。

それからカーテンの陰に隠れておっぱいを揉み合うとかいうのは、何だかとても「共犯者」に似ている。

私たちは一緒とかでは全然ないし馴れ合いなんか絶対しないけどお互いしか分からない直感があるのよ、秘密の直感が。

というような。

私は男の子達の友情に憧れてた。

と同時に男の子達には無いであろう「共犯関係」も私たち女の子にはあるのよ?知らないでしょう?とも思っていた。

その一体にならない感じを表現してくれたのが「百合」というジャンルである。

百合マンガには比較的性的な描写は少ないかあっても直接の描写は少ない。

キスなんか大切なようで何でもないような。

ただそこから先にはあまり行ったりしないしいってもじゃれ合いみたいなものが多い。

そう、カーテンの陰なのだ。

実際私は高校生の時、音楽科で1年生から3年生まで男子は2人という階だったからか殆ど女子校みたいな感覚だった。

その中で女の子同士で付き合ってる子もいたし、実際私も告白されて特別好きだった訳でもないのに何だか可愛いなあって思って付きあった。

でもお互いキスだけで満足してたのでこれは付きあったという範囲なのか分からない。

何といっても依存させなかったし依存しなかった距離のある関係をお互い出来たのが心地よい。

でも私たち女の子は飽きっぽいので半年で別れてしまう。

今はどうだろう?

同じ年の男性と付き合って10年位になるけど。

でもその前は別に男の子でも女の子でも構わない時期があった。

20代の時。

ただ自分の趣味に構うのが先行してたのと、私の趣味はだいたい男性との方が合うことが多いので友達は今も圧倒的に男性の方が多い。

今もありがたくBLも百合もいただいている。