白昼夢で踊る犬

本書に一切真実はない。全ては真っ赤な嘘である。

小澤征爾。

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Photo 関健一

被写体 私

さて、昔から私の大好きな指揮者、小澤征爾ケネディ・センター名誉賞を受賞しましたね。

なんでも日本人初ということで私はこの賞の存在を知らなかったのですがボストン29年間がこうカタチに認められるのは嬉しいことです。

蛇足かもしれませんが一言先に言っておくと私はこういう時によく言われる「同じ日本人として誇りに思う」とかいう言い方にはかなり違和感を覚えます、まあ理由はともかく蛇足ですね。

小澤征爾は後継者を育てたいという気持ちも強い方だし、一般人にも聴いてもらいたくお寺で無料でやったりと、マエストロなのに本当に音楽を純粋に愛してるんだなあというのが分かります。

私が小澤征爾関係で読み込んだのは村上春樹との対談(これはもうボロボロです)小澤征爾「ぼくの音楽武者修業」。

特に熱烈な村上春樹ファンな私は大好きな小澤征爾にインタビューということで本当に嬉しかったですね。

これをテキストに読書会をひらいたこともあります。

少しでも元々敷居の高い(本当は高そうに見えちゃうだけ)クラシックを広められたらとこの時は幹事をクラシック好きな方何人かとクラシック講義みたいなものもやりつつ進めました。

これはまたいつかやりたい。

私が初めて小澤征爾の演奏に竜巻のような恋に落ちたのは高校生の時でした。

音高だったんですがピアノ科だったので色んなピアニストは聴いてたんですが指揮者は音楽勉強する身としては疎い方でまあお恥ずかしい限り。

その頃私はメディア室で何気に小澤征爾ブラームス交響曲1番のLDを聴いてみたんです。

オケはサイトウキネンだったのかなあ?忘れてしまいました。

それまでブラームス交響曲1番はまあ普通に好きでした。

好きな人多い曲ですしね。

だけどこの演奏はもう別格でした。

一目惚れといいましょうか、もう純粋に心が激しく揺さぶられ、この曲の一音も逃さない!と一目惚れの恋に落ちた少女のように全てに耳を澄まし、LDで映像だったので小澤征爾の手を射るように見ました。

そして(多くの音楽がもたらすように)とても幸福な気持ち。

それはもう本当に何回も何回も見ました。

レコードだったら擦り切れてダメになっている位。

そこからです、私が色々な指揮者のCDを当時少ないお金で買うようになったのは。

というわけで私にとって小澤征爾とはオーケストラの指揮者の初恋なのです。

良い音楽に国境はありません、良い小説や芸術に国境がないように。

私は彼が日本人で認められてるから好きなのではなくて恋をしたのがたまたま日本人だっただけの話。

何故小澤征爾の指揮にそんなに惹かれるのか。

これは稚拙ながら今は少し言葉に出来そうです。

まず自分を過度に押し出さずスコアをよく検分し作曲者に寄り添う。

その上で自分の感じた確固たる感情をオケから引き出す。全身全霊をもって。

数ヶ月前の音楽雑誌「音楽の友」の表紙が小澤征爾でインタビューも載ってたので立ち読みしました。(立ち読みで申し訳ない)

そこで小澤さんはこんなことをおっしゃていました。

「日本人の楽譜に忠実にというやり方は決して間違っていない。しかしその上でそれを超える何かも絶対に必要だ」

これはピアノを弾いている私にもガツンときましたね。

そしてサイトウメソッドでもこういう学び方だったのでしょうか?

クラシックは西洋のものだ、我々東洋人には彼らのようにはなれないかもしれない、何者にもなれないかもしれないということは何者にもなれるかもしれないということだ。

これは小澤さんが斎藤先生から教わったことだと記憶しています。

そして小澤征爾はその「何者にもなれた」存在なのではないかと。

少なくとも私には何度も言いますが彼の振る音楽に恋をしています。

色々言葉にしてみましたがこれが1番伝わりそう、うん。

そう「私は彼の振る音楽にどうしようもなく恋をしている」のだ。

あの高校生の時からずっと。

それはもう無条件なものだったんだ。

私の心は私にはコントロール出来なかった。

そして良い音楽というものは多分そういうものなのだ。

賞は二次的なものだ。

だけど自分の好きな人が世間に認められるとやっぱり嬉しい。

えへへー!やっぱりいいでしょ?やっぱり素敵でしょ?私もね、すごく大好きなんだよ、えへへー。

ってね。

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