白昼夢で踊る犬

本書に一切真実はない。全ては真っ赤な嘘である。

音楽と身体性、francesco tristano+勅使川原三郎+佐東利穂子

f:id:nyao1214:20160303010328j:plain

f:id:nyao1214:20160303010330j:plain

カラス・アパラタスでフランチェスコ・トリスターノ(ピアノ)と共演した勅使川原三郎コンテンポラリーダンス作品「ランドスケープ」の上映会をみてきた。

去年みたので2回目。

コンテンポラリーダンスにはそれ程詳しくないので私がこれを知ったのはピアニストでありクラブミュージックをやり作曲家でもあるフランチェスコ・トリスターノ経由だった。

調べたら勅使川原三郎は相当有名なコンテンポラリーダンサーのようだ。

曲目はトリスターノの自作曲、バッハ、ケージ。

トリスターノの出す不安定そうな孤独なピアニッシモと勅使川原、佐東のダンスは緩やかと激しさや静寂を極め、その空気には何か、重さのある何かが漂っていた。

上映でそうなのだから実際に生でみたら凄いだろう。

暗闇に最小限のライト。

上半身と下半身が全然別の生き物のように動き次の形は想像が全く出来ず驚きと不安さえ生まれる。

不安というよりどうしようもなくひとりであるという安心感と辿り着けなさがそこにはあった。

バッハの躍動感やトリスターノの連続性が醸し出すグルーヴ感、ケージの死んだ腕。

トリスターノのピアノはフォルテは鋭利でピアノは冷たくさみしい。

勅使川原のダンスは脚の見事さを忘れてしまう程の不安定なカタチで身体を保ちガクガクと予測し得ない美しさを生み出す。

佐東のダンスは上半身が柔らかく少し正統性があり激しさの中にも柔らかさはある。

とにかく一貫して言えるのはみんな「決して甘くはなくきびしい物語を綴っている」ということだ。

ゴルドベルクの時の優しさなら少しあるかもしれない。

そこで私は初めて大きく息をはいたからだ。

とにかくダレるところが全くない。

成る程、ピアノを弾く私にとってはこれは音楽が具現化した世界なのだ。

そしてとてつもなく私の好きなきびしい世界の、ものがたりだ。

語りかける者もいない、ものがたりだ。

3作品上映しているので少しでも気になる方は絶対観に行ったほうがいい。

私は次は「メタモルフォーシス」を観にいきます。

公式サイト

http://www.st-karas.com/karas_apparatus/